旧石器から縄文時代へ。生活はどのように変わったか?

縄文時代

旧石器時代は紀元前1万4000年頃に終わり、縄文時代が始まったと言われていますが、人々の生活はどのように変わったのでしょうか?中でも一番の変化は何だったのでしょうか? 旧石器時代も縄文時代も凄い大昔。でも私達のご先祖さまたちはもう沢山日本に住んでいたようです。

・旧石器時代(BC260万年~BC1万4000年頃)

・縄文時代(BC1万4000年~BC1000年前頃)

旧石器から縄文時代へ。生活はどう変化した?

旧石器時代の生活から縄文時代の生活へ。私達が生きている現代を見ても、IT革命やメカニズムの進歩、人々の考え方の変化などで1世代違うだけでも人々の生活はかなり変わってきたと感じます。ですが旧石器から縄文時代の変化は現代のように人間の変化でなく地球の環境が劇的に変化した事が一番の原因のようです。

地球の温暖化によって海面が上昇して、日本エリアは大陸から切り離されて日本列島が誕生。火山活動も活発で大地は変化していきます。気候は温暖化に向かいながらも、短期間で温暖化と寒冷化を繰り返し厳しい環境変化。生態系の変化により森や山に住む動物や植物も姿を替えていく。このあたりをイメージするととてもダイナミックな感じがしますね☺

人間にとったら何世代にもわたる長い時間のことで、少しずつ変化していったと思いますが、それでもその時代に生きていたら「若い時と捕れる動物が違う、山で採れる木の実の種類も若い時と違う。お爺さんに聞いた話と今の状況は全然違う~~」と愚痴を言っていたかもしれませんね(笑)

※大変だった縄文人さんたち

服装の変化

服装の変化は人の感性や考え方も変える気がします。日本では群馬県・栃原岩陰遺跡から骨製の縫い針が発掘されていますが(骨に穴を開けて針にするって凄い技術ですね)日本列島が暑くなってきたら、それまで着ていたナウマン象のコートとかオオツノシカの厚い皮服とかはいらなくなりますね。特に夏は薄めの服装でいい。縄文時代の人々は麻で衣服を作っていたみたいです。

露出の高い服に変わり、かわりに入れ墨やアクセサリーなどで悪霊から体を守ったのでしょうか?縄文時代の遺跡からは貝殻や翡翠、動物の骨などで作られた頭飾り、櫛、耳飾り、首飾り、腕輪、足輪などの沢山のアクセサリーがみつかっています。土偶にも描かれていますし、縄文土器を見ても縄文人のファッションは派手でファッショナブルだった気がします。

食べ物の変化

旧石器人から縄文人となった古代の日本人。食べ物も生態系の変化により少しずつ変化していきます。縄文時代にはもう四季もありますし。食料を確保する為の道具や磨製石器はより細かく、より鋭く・・改良していきます。使いやすいように、仕事がしやすいように。(どんどん改良していくのは日本人の遺伝子を感じますね)

・狩猟する獲物の変化。
絶滅したナウマンゾウ、ヘラジカなどの大型動物からカモシカ、イノシシ、シカ、クマなどの動物に獲物が変化。北海道ではトドやアザラシ、オットセイなども狩られました。小動物ではキツネ、タヌキ、野ウサギ、鳥ではキジやカモなどが狩られました。(熊とかオットセイとかワイルドですね、笑)

・山では木の実や山菜を採集。
彼らは栗、胡桃、どんぐり、トチの実、山芋などを主食にしていました。子供が生まれたら集落の廻りに胡桃の木を植えたそうです。(古代の日本人の愛情が感じられて良いエピソードだと思います)縄文中期からは大豆や小豆の栽培や稲作も始まりました。

・海、川で貝を採ったり魚つり。

貝はアサリ、ハマグリ、カキなど。魚はサバ、イワシ、サケ、川魚、マグロ、サメなど。取るための船や釣り竿も自作して漁にいった縄文時代の人々。マグロとかサメとか大きい獲物はどうやってとっていたのかと思います。

縄文土器で美味しい料理♪

縄文土器は運搬や貯蔵、煮炊きに使われたと思われていますが、縄文土器を火にかけて料理をすると今までより全然レパートリーも増えたでしょうね。直火で焼くだけじゃなく、土器があったら煮ることができて、温かい汁も食べれるように。また生では食べられないどんぐりやシイの実も煮て、団子にしたりして、主食のひとつとして食べれるようになりました。

土器は他に、煮ることにより消化もよくなり、なまもので腹をくだすことも減るなど良い効果があったと考えます。磨製石器のひとつ、石皿と磨石は穀物や木の実を磨り潰す道具と考えられています。どんぐりクッキー(縄文クッキー)や縄文パンを作るのに使ったのでしょうか。食べていた食料を列記したら、今の私達よりある意味豪華な食事で、羨ましくなりました☺

(もちろん彼らは自分たちで食べ物を見つけてくるしかなかったので、上手くいかない時期もお腹をすかせた時もあったでしょうね)

住居と集落の始まり

旧石器時代の人々は洞穴や岩、木を使い、住居としていたようです。また、大型動物を追って、キャンプ生活もしていたようです。最近の研究では木材を使い住居を作ったり、竪穴式住居を作っていたこともわかりました。寒い時代に洞穴はやばいですよね。しかし今から数万年前にすでに住居を作っていたとか、凄いなと思います。(作った人物は旧人のデニソワ人かもしれません)

↓キャンプ生活で立ち寄った?w

⇒ 富沢遺跡・地底の森ミュージアム

縄文になると日本に大型動物はいなくなり、半定住生活となり、しだいに定住する流れに入ったようです。家の廻りの森、山、川、海で食料を見つける感じでしょうか。竪穴式住居を作り、最初は親族で、次第に人数が増え、集落の始まりとなり、おおぜいの人々と一緒に住むようになっていきました。

 

※りっぱな竪穴住居

旧石器から縄文時代へ、生活で一番変わったのは?

今回、「旧石器から縄文時代へ。生活はどのように変わったか?」ということで服装とか食べものとか住居の変化などを書かせて頂きましたが、書きながら、「一番の変化はコミュニティじゃないかな?」と思ったのでそのことについて最後、まとめとして書かせていただきます。

結論、一番の変化はコミュニティじゃないかな?

色々な変化がありましたが、私は「変化にちゃんと対応するには「ひとりじゃ出来ないことばかり。」と思いました。現代の私達にも返って来そうな結論になりましたが(笑)

縄文の生活は私一人じゃ出来ないことばかりだったので。たとえ現代のスマホを持ってたとしても「寒い時期の乗り越え方」、「飢饉の時はどうするか?」などググれるとしてもできないことや出来ても時間がかかりすぎるものばかり・・。例えば服を作ること、アクセサリーを作ること、食料の確保・。

オットセイや熊、海でマグロとかサメを捕るのもひとりじゃ無理w、料理の作り方でもどんぐりの灰汁を毎日とるとか大変すぎる。ひとりで全てをして生きていくのはかなりの苦労。磨製石器や道具も一からでなく誰かのアイディアや技術の集積と改良により出来るもの。服や料理もそうですね。船や竪穴住居も少人数では作るのはむずかし過ぎる。まずもとネタが無いと考えもつかないかも。

古代の人々もその事に気がついて、必要に迫られて少ない人数からおおにんずうの集落で生きていくことを選んだのではないでしょうか。出来ることは共有して、出来ないことは誰かに頼む。最近の研究ではかなり離れている地域とも交流や交易をしていたことがわかってきています。縄文中期からの米作りも豆づくりもひとりでは出来ませんでしたね。共同体意識を持ち、共同生活を営むようになって全ての生活は変わってきたのではないでしょうか。

旧石器から縄文時代へ、生活で一番変わったのはコミュニティじゃないか?ということで締めたいと思います。ありがとうございました。

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