幽霊の寿命は400年説。改定版

不思議な話

幽霊の寿命は400年? という話が5年ほど前にネットで流行った事がありました。記憶しているかたもいると思いますが、歴史と不思議な話が好きな私も興味あって、ネットでみんなの話を聞いていました。そして自分のブログにもその事について書いた記憶がありますが、そのサイトをその後、消失させてしまいましたので(大きな病気で入院している間にサイト料を払えず、全て消えてしまったのです、それはある意味幽霊より怖い話ですw)再度このサイトに「幽霊の寿命は400年説。改定版」として書いてみます。(好きな話なので、笑)

幽霊の寿命は400年とは?

幽霊の寿命は400年とは?最初どこからそういった話が出てきたのかわかりませんが、私が知ったのはツイッターだったと思います。もしかしたら霊能者の方が感じたから?「最近、大阪城で落ち武者の幽霊を見ない」という話が最初だったかも知れません。そしてずっとその時代時代の朝廷や政府に怨霊として災いをおくっていたと言われていた崇徳公(崇徳天皇 1119年~1164年)も明治になってからその力を使っていない。最強の怨霊である崇徳公の幽霊の寿命でも約700年?と話題になったのでした。

私が興味あったのは私の経験からもありました。といっても私は霊能者でもないので、たまに不思議な事があるだけで、一度も幽霊は見たことがないのです。でも長く生きていたら怖い場所とかなんとなく感じる事もありますよね。大阪城は前より怖くなくなった。崇徳天皇に関係する金刀比羅宮も怖くない。そこでこの話は本当かもと思ったのでした。幽霊などいるわけがないと思うかたには馬鹿みたいな話だと思いますが、「不思議な話」として聞き流していただければ嬉しいです。

縄文人や平安時代の幽霊はいない?落ち武者がギリ?

ネットでは更に「大昔の縄文人や平安時代の格好をした幽霊の話は聞かない」という話になり、「幽霊の寿命は400年から500年。最長でも700年ぐらいで終わるのでは?」とまとまっていました。確かにあまり古い格好の幽霊の話は聞きませんね。よく聞く幽霊話の幽霊は日本兵や事故で亡くなった方とか、昔なら武将の格好の幽霊(戦国時代?)ぐらいまでですね。私はこの話を聞いたときには歴女なので、「もしかしたら落ち武者に会えるのは、今がギリギリなのでは?怖くないなら浄化しちゃう前に会いたいかも・・」と思ったのでした(笑)

関ヶ原の戦いが1600年、大坂の陣が1615年ですものね。私は昔、旅関係の仕事をしていまして、そのころ同僚やバスのガイドさん、運転者さんから、怖い話や幽霊の話を聞くことがありました。で、落ち武者の話も聞いたことがあるのですが、ガイドさんが若い頃の話とかになるので、今から50年前の話とかになるのです。バスの運転者さんがバスのトランクで寝ている時に落ち武者が出たという話も聞きました。場所は諏訪湖のあたりの高速道路です。わくわくします(笑)。武田に関係する落ち武者でしょうか?でも武田が滅びたのも1582年で現在では400年以上経っていますね。

最近そういう話を聞かないのはやはり消滅しちゃったということでしょうか?(400年が転生する期限で返ったとかだといいな)

京都には幽霊がいる?

場所は変わり、京都の話ですが、京都は歴史好きのかたはご存知のように平安京が出来てから長いあいだ何度も戦に巻き込まれたり、様々な事があった地です。ただ私は大学時代4年間京都にいましたが、怖い話にあたったのは1回しかありません。その1回は病院関係の話だったので今回の「幽霊の寿命は400年」には当たらず、もっと最近の幽霊の話だった気がします。

幽霊の寿命は400年の説によれば京都も長い時間、大変なことが色々ありましたが、1600年以後で言えばだいたい平和だったのでそんなに幽霊は出てこないかもしれません。ただ幕末の脱藩浪人や薩摩、毛利の侍、幕府軍の兵、公卿の格好の幽霊は出てくるかもしれません。・・すいません、またちょっとだけ、出会ってみたい♪と思ってしまいました。

前記の崇徳上皇ですが、徳川時代に刻限がきて浄化されたのかもしれませんし、天皇家が明治に入り東京に移動されたのでお出ましが無くなったのかもしれませんし、明治の御代になる時にお詫びして怨霊から日本の守護神になって頂いたという話もあります。私も崇徳公は怖いので、金毘羅さんではしっかりお祈りしましたし、「瀬を早み 岩にせかるる滝川の われても末に あはむとぞ思ふ」の歌は大好きだと大きな声で(崇徳公に)お伝えしたい気持ちでございます。

崇徳上皇、そして大阪城

私は大阪に住んでいるし、大河ドラマ真田丸が大好きなので真田丸跡、カトリック玉造教会、大阪城などを歩いた事がありますが、嫌な感じはあまりしませんでした。それよりも大阪ならこの100年で色んな事があった京橋・梅田・心斎橋の一部、また真田丸跡自体より真田山や軍墓地のほうが怖く感じました。ただそれは歴史を知っているからかもしれないし、墓地や繁華街周辺だから感じるのかもしれません。

幽霊を見たことのない私なので、「幽霊の寿命は400年なんだ・・?」としか言えない私ですが、ずっと幽霊のままいるより400年ぐらいで消えるのが摂理にあっている気はします。なんか結論も無い話になりましたが、面白い話だなと気に入っていた話題だったので書かせて頂きました。

蛇足、自分の体験

・・・あ、幽霊を見たことは無いのですが、一度幽霊っぽい怖い体験をした事があります。前記した京都の病院の話ではなく(京都の病院の話は一緒にいた先輩が憑かれた?話で私は関係ないのです。)怖かったのは10年前の事ですが、フリーマーケットに行った帰り、奈良の山道で一緒に行った友達が売れ残りの商品を車を止めて片付けようとしていた時に起こりました。その日のフリマの感想や途中のスーパーで買った夜ご飯を車内で食べていたのですが、気がついたら廻りが真っ暗になっていたのです。

その前から嫌な雰囲気があったので、私はすごく怖くなって「早くここを離れようよ」といいました。続いて「ここヤバい!」と声を出している自分がいました。私が焦っているので運転者の友達はゆっくり車を動かそうとしました。すると車のライトで「○○霊園」と書かれた看板が見えました。そこは山の上で、私達は大きな霊園の真ん中でご飯を食べていたのです。

友達は状況があまりわかっていない様子でした。「○○霊園」という看板も私が座っている左側からしか見えなかったと思います。内心私はかなり怖くて震えていましたが、同時に運転者の友達を焦らせて事故とかになったら駄目だと思いました。

なんかね・・。ここから、今思い出してもかなり恐ろしいんですが、回りを人に囲まれている気がしたのです。「車の鍵・・ロックしているよね?」小さな声で友達に聞いた途端、友だち側の右のロックが自動的に上がったんです。それを友達が下げたら、また上がって。あとから聞いたら友達は操作がおかしくなったと思ったそうです。そして車を動かそうとした時に、右後ろのロックも上がったんです。


パニックの私です。動き出した車の中で必死で右後ろのロックをもう一度下げたのは私だったと思います。その後、さっき夕ご飯を買ったスーパーに戻って、こういう状態だったと友達に伝えると、食卓塩を買ってきて車に塩を振っていました。(ここは笑えるw)その後無事に帰れたので良かったですが、右前のロックが2回と右後ろのロックが1回上がったのは事実なのです。

その時の私の怖かった気持ち、少しは伝わりましたか?「幽霊の寿命は400年説」からつい蛇足で自分が体験した話もしてしまいました。映画「ステキな金縛り」の更科六兵衛みたいな落ち武者の幽霊だったら怖くなかったのにね。

幽霊っぽい怖い話はこのひとつだけですが、不思議な話はまだいくつかあるので、また話させて貰おうと思います。最後までありがとうございました😊

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